インドは牛の楽園~インド人が菜食である理由~

kobuusi

資源を多く必要とする肉食

肉をたくさん食べる食生活は、食べ物の生産に、より多くの資源を使います。

宗教的な理由で肉食を禁じられている文化がありますが、肉食禁忌の戒律が生まれる背景には、その民族や文化内で食料を安定的に供給するために肉を食べないようにしたという事情が含まれているようです。

例えばインドでは牛を神聖視し、食べません。

動物性たんぱく質は、主に乳製品に頼っています。

牛は神聖な神の使いなので、殺しても食べてもいけない。

でも実は、古代のヒンズー教では肉食や牛を殺すことを禁じていませんでした。

それどころか、古代のヒンズー教僧侶階級の主な仕事は「殺牛」でした。

つまり、宗教的な儀式として動物のいけにえと盛大な肉祭りを行っていたとされていたようです。

それがどういう訳か、時代が下るとともに肉食を禁じ、牛を神聖な生き物として大切にするようになった。

牛の楽園インド

インドは牛の楽園です。

世界最多の牛(1億8千万頭のコブウシと5千万頭の水牛)がいるだけでなく、世界で一番たくさんの、病気の、乳を出さない、仔を産まない、ヨボヨボの牛を飼育しています。

そうなったのは、牛を殺したり食べたりしたいと思う者が一人もいないからだと考えても可笑しくないでしょう。

インドにはなんと「牛保護法」という法律あり、牛、仔牛、乳用動物、使役動物の折衝禁止をうたっているんだとか。

しかもヒンズー教の聖職者や無数にある牛保護団体は、今年も「殺牛全面禁止」を要求して運動を続けているそうです。

有名なガンジーさんも「ヒンズー教の中心は牛の保護であり、牛の保護はヒンズー教から世界への賜物であり、牛を保護するヒンズー教徒がいる限り、ヒンズー教は生き続けるであろう。」と言っている。

日本人の感覚からすると理解しかねますが、、インドはそのような国です。

でもこうなった背景には、長い歴史の中での合理的な理由があるようです。

例えば、人口密度が低いうちは未開墾地の草を牛に食べさせることもできたし、一人当たりの牛肉生産量を高いレベルに保つことができましたが、人口密度が高くなってくると、牛は人と食物を取り合うようになり、やがて牛肉の「コスト」があまりにも高くつくようになった。

牛を殺さず、農耕に使いながらミルクを取ることで、限られた自然の資源からより多くの食料を得ることができます。

しかし、それまで牛を食べてきた人たちは、牛がいれば食べたいでしょう。

だって、栄養があって美味しいから。

そこで宗教的な理由をつけて、牛を神聖視し、殺牛を禁じた。

一説ですが、このような見方があります。

日本の肉食禁忌

日本にも、肉食禁忌の思想があります。

江戸期までは明確に言われていましたが、それ以降、現在も根強く残っているようです。

主に仏教の思想から来るようですが、弥生期以降稲作文化を持った民族が支配階級になったこと、農耕を優先させるために牛馬を殺させたくなかった事情などが絡んでいるようです。

また、稲作文化を持った民族が、狩猟採集を中心とした民族を支配下に置いていったという歴史も関係しているでしょう。

肉は、野蛮なものの食べ物だと。

差別的な意味です。

しかし、歴史の中でこのようになって安定していた背景には、狭い国土の中で人口が増え、食糧を安定的に供給するために必要だったということもあったと思います。

インドの場合と同じように、思想的にそうなった背景には合理的な理由が隠れてそうです。

現代における肉食

では、今の日本はどうなのか。

戦後経済的に発展して、庶民でも肉を食べられるようになりました。

質の問題はありますが、経済的にさほど豊かでない人でも、ある程度必要量を確保することができます。

これは、個人の幸せを考えれば良いことでしょう。

健康を考えたとき、十分な栄養を摂るということは最も簡単に元気になれる方法だから。

街の鍼灸院をやっている者として、日頃から動物性の食品を十分に摂ることはほんとうに重要だと感じています。

例えば、体重60キロの人なら動物性食品を一日500gくらい食べていいと思っています。

(量はあくまで目安であり、個人差があります)

胃腸弱い人でなければ、糖質を控えた状態でこれを行うと、わりと短期間で元気になってくる。

あまりにも簡単で、あまりにも効果的なので、、つい強調したくなります。

でも、社会全体としてはどうなのか。

よく菜食主義者が批判してますが、できるだけ肉の摂取量を控えたほうがいいという意見にも一理ありますね。

従来の一般的な食生活と比べると、動物性食品の量がかなり多くて、エネルギー効率を考えれば非常に燃費が悪い。

逆に、低栄養から過食に走っている人がけっこういるので、単純に粗食が食料資源を守っているとは言えませんけど。

これだけ人口が増えた現代、全体としては、燃費の悪い食生活は長期的に可能なのかどうか。

やはり、そこは疑問に思っています。

社会的な問題ですが、社会的な生き物である個人にとっても、結局自分や子どもに還ってくる問題かもしれません。

栄養が充実すれば燃費が良くなるのでは?

ただ、栄養不足が解消して心身の状態が安定してくると、必要量は少なくなるんじゃないかと思っています。

これはまた、食べるものの質にも大きく左右されそうです。

養鶏をやっていて、何度か自分で育てた鶏を絞めて食べましたが、、市販のブロイラーを食べるよりもずっと少ない量で満足しました。

成長期や、重度のタンパク質不足、栄養不足からの回復期には必要量が増しますが、成人の充実して安定した状態なら質を高めることで必要量は減りそうです。

内臓機能が健全で、栄養的に充実した状態を一度作ってしまえば燃費は良くなると思います。

僕自身が自分で実験中ですが、じつは初期のころよりもずっと欲する食事の量が減ってきました。

菜食から肉食に移行した当初、毎日かなりの量のお肉や卵、チーズなどを食べていました。

これは、1年以上続きました。

肉の量で一日1キロくらい食べていた時期もありますが、重度の栄養不足からの回復期だったからじゃないかと思っています。

近頃はずいぶん落ち着きましたが、この先どうなるか、、興味をもって自己観察をしています。

それに加えて、身近にある資源を有効活用して自前で卵などの動物性食品を作ることを、今後も続けていこうと思っています。

参考文献

「食と文化の謎」マーヴィン・ハリス著 (岩波書店)