ヒトの食性
一般的な食と健康について考えるとき、
我々人類が本来どんな「食性」を持っているのか、
それを抜きにして考えることは出来ません。
僕が「食養生」を意識し始めたとき、
まず知りたいと思ったことがそれでした。
ヒトは元々、何を食べるようにできているのか?
自然が与えた本来の性質を知りたいと思いました。
鍼灸学生だったころ、漢方医による「食養生」授業がありました。
その先生に、
「ヒトの食性について考えていますがわかりません」
と相談したところ、
「歯の形状を見ればいいよ」と教わりました。
つまり、人には肉食動物のように鋭い牙がなく臼歯が多い。
これは穀物や菜食が適している証拠。
32本の歯のうち、肉を切り裂く犬歯は4本しかありません。
だから人が食べていい動物性食品はせいぜい1割程度だとのこと。
この話、他でも読んだり聞いたりしましたが、、本当でしょうか?
人類学から見えたヒトの食性
当時は何となく納得したこの話、
今では全くあてにならないと思っています。
その後ヒトの食性については、まず内臓の構造について考えました。
ほとんどすべての草食動物は、
体内に食物繊維を微生物で分解するための発酵タンクを持っています。
草食動物であっても、哺乳類は食物繊維を分解できないので、
食物繊維の分解は体内に培養した微生物に行わせているんです。
たとえば牛は胃が4つあり、馬は1~2メートルの巨大な盲腸を持っている。
そこにたくさんの微生物が住んでいて、
食物繊維から有機酸などの栄養素を生み出してくれます。
牛や羊など「前胃」を持つ反芻動物は効率が良く、
培養した微生物そのものも「菌体タンパク」として消化吸収しています。
他に、ウサギやコアラのような「糞食」など、
草食動物は様々な方法で、難消化性の食物繊維化をエサとしているんです。
でも、人にはこの仕組みがありません。
ヒトの消化器
人の大腸も腸内細菌が重要な働きを持っていて、
脂肪酸などの栄養素を身体に供給していると言われています。
でも、腸内細菌がたくさんいるのは主に大腸です。
人体の消化吸収の中心となるのは、大腸の前にある小腸のはず。
馬やウサギで発達している盲腸も、ヒトでは数センチの長さまで退化していますし、
当然反芻動物のような前胃はない。
もちろん糞食もしません。
ヒトの消化器官は、ネコ科の動物にも近い割とシンプルな構造を持っています。
(腸はネコ科より長いです)
消化器の構造からは、植物性食品に適応しているとは言えないでしょう。
はじめの頃、いろんな動物の解剖図などを見ながら、
一人でそんなことを考えていました。
でも、月の輪熊なんかは肉食動物のような形態を持ちながら、
かなり菜食寄りの食性をもっています。
竹を食べるパンダもクマですが、菜食を極めてますね。
(特殊な腸内細菌を持っているようです)
だから、身体の構造からだけでは一概に言えない。
そもそも文明化する前の自然な状態の人類が、
どのような食生活をしていたかを知る必要があると思いました。
そのために調べたのは、先住民族の暮らしと人類学関係の本。
(膨大な内容なので今でも少しづつ勉強中です)
先住民族の食生活については「食生活と体の退化」という本が一番参考になりました。
そして人類学者が書いた本を何冊か読んでみたところ、
目から鱗が落ちた。
人類学者によれば、初期の人類はあきらかな肉食動物でした。
現生人類と日本人
人種という言葉があるので紛らわしいですが、
現在地球上に生息している「現生人類」は一種類です。
(ネアンデルタール人など、他の種類は絶滅した)
人類学でホモサピエンスと呼ばれる現生人類は、
約20万年前にアフリカに出現したと言われています。
その後10万年~5万年前にかけて、アフリカから出て世界各地に分散しました。
このことは各地に残る遺跡や化石から明らかになっています。
ちなみに日本に現生人類が到着したのは4~3万年前ごろ。
日本への侵入ルートは単一でなく、
1、カムチャツカ半島を経由した「北海道ルート」
2、対馬海峡を越えた「対馬ルート」
3、台湾から沖縄を島伝いに渡ってきた「沖縄ルート」
主に3つのルートがあります。
はるか昔、アフリカを出てユーラシア大陸全域に拡散した人類は、
いくつかの経路から極東の日本にたどり着きました。
アフリカを出てから、何万年もかかったはずです。
日本人はこれら人たちの混血的末裔であることは、
遺伝子の解析などからもわかっているようです。
現生人類は肉食の補食動物
さて、アフリカを出て世界に拡散した初期の人類が何を食べていたか、
今ではその植物資源と動物資源の割合が、
人類の化石に含まれる「安定同位体」の構成比率から算出できるようです。
それは、食べた物を構成する原子が、骨と歯に取り込まれるから。
この分析によると12万年~4万年前の頃の人類は、
植物をほとんど食べていなかったと考えれています。
また、当時の遺跡や化石から、
肉を解体した痕跡の残る動物の骨が多く発見され、
(マンモス、シカ、トナカイ、牛の仲間、クマ、オオカミなど)
これらの動物の肉を積極的に食べていました。
また、魚介類や小動物、軟体動物なども食物として利用していたことが、
化石の分析からわかっています。(と、本に書いてあります)
また、ナイフや槍、弓矢などの狩猟道具も各地で発見されていますが、
これらは木の実や根茎、葉っぱなどの植物採集が中心であればいらないものです。
人類はお猿さんの仲間、、霊長類に属し、
切り裂く歯や強力なあご、強靭な四肢もありません。
身体の形態的には非肉食動物だと言ってもいいでしょう。
しかし行動的には明らかに、他の動物を狩りする捕食動物です。
捕食動物としての人類の能力は、
道具を作り、駆使する能力にかかっています。
(そこから農業も文明も生まれていますね)
肉食動物ならば顎や感覚能力、足、歯、爪を使う場面で、
人間は道具を使う。
このような道具の利用は、
人類がホモサピエンスに進化するずっと以前から始まっていて、
ヒト族の系統の基本的な特徴となっています。
僕が肉食をすすめるわけ
ここ最近、タンパク質の重要性について書いてきました。
例えば「東洋医学的な腎虚」は、タンパク不足と関係が深いと考えています。
また、タンパク不足では胃腸機能が低下し、
身体の活力が全般に低下してくる傾向があることは間違いないでしょう。
それは子供の発育、成人の健康維持や老化現象とも関連しています。
「介護されたくないなら粗食はやめなさい」~老化とタンパク質の意外な関係~
基本的に「肉などの動物性食品が健康に良い」と書いているのは、
ただ糖質制限にかぶれているからでも、
タンパク質重視の栄養学をむやみに信じているからでもありません。
「初期の人類は主に肉食だった」という知識があるからです。
そして近代・現代の世界中の民族にも、
ビーガン(完全な菜食)で長期的に、集団的な健康を維持している例は無いということ。
それに個人的な体験、多くの人の健康にかかわる鍼灸臨床、
周囲の人を観察している実体験などから、情報の妥当性を判断しています。
健康な命を次世代につなぐ
日本には粗食信仰とも言える思想があって、
より少なく食べる
肉は控える
これが健康長寿の秘訣と考る人も少なくない。
タンパク質の重要性について書いていると時々、
そのような思想を持った人から批判されたりもします。
でも、粗食信仰が意味するところは、
ヒトは飢餓に強い
ただそれだけだと思う。
ヒトは飢餓状態、つまり栄養不足を耐え抜く非常に優れた能力を持っていて、
健康な状態からであれば、かなりの栄養欠乏状態を生き抜くことができます。
貧しい労働者なら、半飢餓状態で長時間の肉体労働もできる。
是非は別として、今でも世界中で行われています。
だから人類は何百万年も、気の遠くなる時間を生き抜いてこれたのでしょう。
簡単には死にませんし、場合によっては無理に食べなくてもいいと思います。
でも、宗教的な思想や「日本人は特別」などの民族意識を絡めて、
その能力を過剰に持ち上げることには違和感を覚える。
それは「次世代に健全な命をつなぐこと」にはつながらないでしょう。
参考文献
「ヒトと犬がネアンデルタール人を絶滅させた」パット・シップマン 著(原書房)
「日本人はどこから来たのか?」海部 陽介 著(文芸春秋)