人類の食性を知る
前回記事は、よう分らん批判をされてもやもやした気持ちを発散するためでしたが(笑)その中にこんなことを書きました。
だいたい、他人に絡む前に真面目に調べたらいいのに。人類の歴史、世界中の伝統を守っている民族の食生活、ヒトの消化器の構造などを調べたら、ヒトが肉を必要としているか否かは分かります。
僕は5年くらい前、食養生の観点から『人類の食性は何か??』知りたいと思っていました。
当時は手掛かりが見つからずに人に聞いたりしてたんですが、僕が無知だっただけで参考になる情報はちゃんとあった。
この5年で知り得た中でも、人類の食性を知るために参考になった本を3冊紹介します。
興味ある人は読んでみてください。どれも読みやすく、良い本だと思います。
親指はなぜ太いのか
まず、日本の人類学者、島 泰三氏の著書です。
『親指はなぜ太いのか』
これには初期人類の『主食』についての綿密な考察と、革新的な仮説が書かれています。
野性動物はすべて『ニッチ』と呼ばれる自然界での生息域を持っていますが、このニッチは『主食』によって決まります。
ニッチと主食は自然環境の中でその生物の役割を決めると同時に、身体の大きさや形状、行動パターンなどを決定している。
そこで、ヒトの主食は何なのか?主食と体の形状はどう関係しているのか?というテーマで書かれた本です。
著者によれば、霊長類口と手の形状、移動方法は主食によって決定されている。。
これを『口と手連合仮説』と呼んでいます。
ヒトにもこれはあてはまるはずで、他の類人猿との比較からヒトの主食を推定していく過程が非常に丁寧かつ論理的。
ははぁと納得しながら、科学者とはこのようにものを考えるのか・・と感心しました。
著者が言うには、ヒトの手、口や歯の形状、直立二足歩行という特殊な歩き方、消化管の構造、今までに見つかっている化石などから類推するに、初期人類はアフリカの平原でライオンなどが食べ残した動物の骨を石で割り、骨髄や骨そのものを食べていたであろう・・ということ。
ヒトの歯の形状は穀物食や菜食に適している、などとも言われますが、他の類人猿との比較からその説を否定しています。
例えば日本猿はほぼ完全な菜食ですが、人類より鋭い歯を持っている。
チンパンジーなど果物を主食とする猿も、大きな牙や鋭い歯を持っている。
ところが、人類の歯はそれよりも滑らかで、小さく、しかしエナメル質が一番厚い。
なぜそうなのか?
進化の過程でこの形状を獲得したのには、合理的な理由があるはず。
進化の初期、どうやら人類は肉食獣が食べ残した骨を拾って食べていたらしいのです。
ヒトの親指が太く、人差し指と対立しているのは、骨を割る石を握るため。
石を持って歩き回るには、二足歩行が有利です。(手が使えませんから)
意外なことに骨は栄養豊富で、タンパク質、脂質、鉄分などを濃厚に含んでいます。
例えば牛骨100g当たりの栄養は、
タンパク質19.7%
脂質18.1%
鉄8.6mg
エネルギー255.3㎉
これは肉と比べても遜色ない栄養量です。
つまり、骨は主食になりうると。
しかも、それを餌とする競争相手がいない。
初期人類の他に骨を主食とする動物がいなかったことから、独自の『ニッチ』を獲得するに至りました。
骨はサバンナにいくらでもあり、脂質が豊富なことから脳の肥大化をもたらした。
さらに骨を割るために進化した手の形状が高度な道具の使用を可能にした。
もちろん骨に残っている肉も食べていた。
そのような仮説です。
人類の祖先は森の中で果物を食べていた、、という説を信じている人も多いですが、親指はなぜ太いのか、を読むと、そうではないと思えます。
木に登って果物を食べる類人猿は、やはりそれに最適の手の形、口や歯の形をしており、ヒトとは違います。
この本は糖質ゼロの釜池先生が紹介していたんですが、釜池先生も著者の説を支持しているようでした。
ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた
2冊目はこれ。
約4万年前に絶滅したネアンデルタール人と現生人類について書かれています。
ネアンデルタール人はヨーロッパに生息していた人類の一種、今から4万年前に絶滅したとされています。
著者の説では、ネアンデルタール人より後にヨーロッパに到達した現生人類が、犬を家畜化して狩猟のパートナーとすることによって狩猟の効率を高めた。
そしてネアンデルタール人よりも生存上有利になり、絶滅に追い込んだのだということ。
ここでも人類が狩猟によって大小様々な動物を得て、それを主食としていたということが当たり前に書かれています。
興味深いのは化石に含まれる『安定同位体』の構成比率から、当時の人類や他の動物が食べていたものがわかるということでした。
関連した記述を引用します。
ネアンデルタール人の食事に含まれるタンパク質は主に大型陸上哺乳類のもので、遺跡付近に生息していたノウマやアメリカアカシカ、トナカイ、そしてオートロックスなどだった。炭素と窒素の同位体比の値は同地域の肉食動物の頂点に位置するホラアナライオン、オオカミ、そしてハイエナと非常によく似ていた。
ネアンデルタール人と現生人類は非常によく似た食事を摂っており、主に草原の草食動物のタンパク質に依存していた。
当時ヒト族と共存していたホラアナグマやハイイログマはずっと雑食的だったが、ネアンデルタール人と現生人類はそうではなかった。
ネアンデルタール人の歯石や石器の刃を調べるといくらか植物を処理したり消費した痕跡はあるものの、同位体比分析からはそうした証拠は得られず、ネアンデルタール人は植物はほどんど食べていなかったと考えられる。
「ヒトと犬がネアンデルタール人を絶滅させた」P.86~92より引用
ネアンデルタール人と現生人類の食性はほぼ同じで、近縁種であるこれら人類が共存していた当時、植物性食品はほとんど食べていなかった。
食べていのはネズミ等の小動物からマンモスにいたるまで様々であり、特に牛などの中型の動物をよく食べていたようです。
もちろん、はるか古代のことなので一つの仮説なのですが、化石(骨)の分析によって当時の食事内容がわかるということは面白いですね。
どうやら現生人類は、オオカミを家畜化した犬を狩猟のパートナーとして、狩りの効率を劇的に高め、生態系の中で頂点捕食者としての地位を固めたらしい。
そして、アフリカからユーラシア大陸、オセアニア、オーストラリア、アメリカ大陸へ、世界中に生息域を広げていきました。
日本では今でも犬を使った狩猟が行われていますし、ペットとしても犬が人気ですね。犬と人のパートナーシップはこのようにはるか昔から続いてきた、生存上重要なものだったようです。
火の賜物
最期の一冊。
著者の人類学者、リチャード・ランガムは『料理こそが今の人類を形作った』と主張しています。
この本にはヒトの進化と火の使用、つまり『料理』との関係についての仮説が述べられており、ごく大雑把に要約すると、
人が進化する過程で他の類人猿とかなり異なった今のような形態を獲得したことに、肉食の開始、火の使用、の二つが大きく影響している。肉食によって濃縮された栄養を摂れるようになり、火の使用、加熱調理を始めることでさらに消化・吸収効率が高まった。これが今の人類が持つシンプルで小さい消化器官、小さい顎、脳の発達化もたらした。
ということ。
食べものの消化には大きなエネルギーを必要としますが、動物の肉を食べれば濃縮された栄養を摂ることができます。(そのため、肉食動物は比較的シンプルな消化器の構造をしている)
さらに消化プロセスの一部を料理によって体の外で行うことにより消化器官の負担を減らし、エネルギーの節約と濃縮された栄養の摂取を可能にしました。
この2つの変化は、大量のエネルギーを消費する脳の肥大化を可能にし、知能のさらなる発達をもたらしたということです。
このような変化は約180万年前には、すでに起こっていたようです。
今の人類、ホモサピエンスは10万~20万年前に出現したとされていますが、そのはるか昔から肉食と火の使用(料理)は行われていた。
つまり人類学的な見地から、肉食と火の使用が人類を人類たらしめた、、ということです。
僕は常づね、食事は加熱調理したものが基本であり、胃腸の弱い人ほど生ではなく加熱した食べ物を食べた方が良い、と言っています。
それは経験則に基づくものですが、人類の進化プロセスから考えてもそうなる。
また、世界中に火を使わない民族は一つもないということからも、火を使った加熱調理が食事の前提であり、重要であることが分かります。
自然が与えた食性に基づく
いずれも現時点での人類学者たちの化説であり、絶対に正しいとは言えないでしょう。
でも、まっとうな人類学者たちが提唱している仮説を念頭に、世界中の狩猟採集民族の生活、遊牧民族の食生活などを考えてみる。
すると、はやり人類の食性の基本は動物性食品、かなり肉食傾向が強い生き物だと思えます。
これらの本にはどれも、ヒトの消化器官の構造や特徴や人類進化の歴史などについても詳しく書かれているので、併せて読むとかなり詳細なヒト族の食性についてのイメージを掴めるでしょう。
もちろん、仮説は仮説、初期人類を見てきた人はいません。
しかも我々は現在の環境に適応することで多かれ少なかれ変化していますから、現代人も肉だけ食べれば良い!などと言うつもりはない。
それでも自然が与えた元々の食性、身体のデザインを知っておくことは基本となる大切なことだと思っています。
少々マニアックな内容でしたが、ヒトに適した食事について迷いのある人深く知りたい人には、どれもオススメできる良い本です。