前回の記事で、
あかちゃんがハイハイするようになって、
家の中を動き回るようになったら、
家の中が危険でいっぱいに思えてきたと書きました。
じつは、似たような事は生まれた直後から感じていたんです。
実際に、あぶないなーと感じる場面が多かった。
新生児って、本当に小さくて、弱い。
自分では移動できない、
無防備な、
ふにゃふにゃの柔らかい生き物です。
わが家は布団で寝てるんですが、
まず、寝ている赤ん坊を踏んづけそうで怖かった。
幸い、うっかり踏んづけたことはありませんが、
万が一、気付かずに踏んづけたら、、
内臓破裂で死んじゃうかもしれません。
わが家には、2匹の猫がいます。
まだ若い猫兄弟は、元気いっぱい。
夜になると運動会を始めます。
明け方の『餌くれ!』コールでは僕のお腹に飛び乗って踏んづけたりもする。
だから、あかちゃんがまだ寝返りもうてないころは、
ネコに踏んづけられて怪我しないかとハラハラしていました。
また、寝返りを覚え、ハイハイできるようになると、
何でもかんでも口にいれるようになります。
ある時気がつくと、僕が畑で拾ってきたスーパーボールを口にくわえていました。
『飲みこんだらどうするの!死んじゃうよ!!』って大騒ぎしたこともありました。
一般的にも、コインなどの誤飲による窒息死は珍しくないようです。
人間の赤ん坊って、どうしてこんなにも無防備なんでしょうね。
好奇心いっぱいであちこち動き回る赤ん坊をみていると、
ありうるリスクを想定して、回避する思考が自然と生まれます。
前回の記事で、熱くない遠赤ヒーターを紹介しました。
その記事に対してFBのコメント欄で、
『熱い思いをしたほうが危険を自分で回避するようになる』
という意見がいくつか寄せられました。
それは、ほんとうにそう。
大人になるまであんまり過保護では、
自分で危険を察知し、回避する能力が育ちませんね。
でも、そのコメントを読んで思い出したんですが、
わが家、、というか僕は、特に人生の初めのはじめ、
生後数年間は過保護でいいという考えを持っています。
これは野口整体の創始者、野口晴哉の本で読んだのですが、
赤ん坊は産まれてから13か月の間は急激な変化を体験させないようにする。
急激な温度や速度の変化、
例えばお風呂や食べ物が熱いとか、
急に寒い所に出るとか、
大きな音とか、
そういう変化でびっくりさせないようにする。
そんなことが書かれていました。
その理由は、、
この世界が安全な場所であると認識させるため。
あかちゃんの潜在意識が、世界をどんなところだと認識するか、
人生のはじめの、この時期に決まってしまうということです。
それがどの程度本当か、なぜ13か月なのか、正確なことはわかりませんが、
感覚的に、それはそうなんじゃないかと思ったんですよね。
よく考えたら、暖房器具のリスク自体はは大したことないです。
うっかり触って、熱い思いをする。
やけどする。
でも火傷しても、すぐに治ります。
いい勉強かもしれません。
ストーブにヤカンをかけたりしなければ、大やけどする心配はあまりない。
洋服に引火でもすれば別ですが、(これは怖いですね)
近くで見ている限り、命にかかわったり一生残る傷を負う危険は少ないと思います。
でも、今の時期の赤ちゃんには、できるだけ、
凄く痛い思い、
凄く熱い思い、
びっくりして、痛くて、熱くて、
恐怖心を植え付けられるような体験はさせないようにしたいと思ってる。
何か欲しいとか、抱っこしてほしいとか、
ちょっとした欲求もなるべく通るようにしたい。
完璧は無理でも、できるだけ速やかに欲求を満たしてあげようと思っています。
今は、ちょっと過保護なくらいでいい。
なぜなら、あかちゃんの潜在意識に、
世界は安全なところだという認識を植え付けるため。
世界は安全で、好意的で、自分の欲求は間もなく満たされる、ステキなところだと。
このような確信、感覚を自然と持つようにしたい。
ある意味、潜在意識教育のつもりなんです。
もし、産まれた直後からこれと全く逆のことをされて育った子供が、
世界を警戒し、心を許さず、自分の希望は叶わないと信じ、欲求満たされないと信じ、
人と親しめず、他人や外界と関わることを苦痛に感じるように育ったとしても、
不思議じゃない。
赤ちゃんには「嫌な思いをせずにただ満たされるべき時期」というのがあるんじゃないか、
あの無防備さから考えても、そう思えます。
例えば、産まれたばかりの嬰児だったら、
一か月くらいはお母さんと一緒に静かな部屋にこもり、
ぬくぬくして過ごす。
その後、徐々に外の世界(他の部屋とか)に慣らし、
外出は3カ月過ぎてから。
それでも毎日外出したり夜間や人ごみの中には行かず、
徐々に、徐々に、外の世界に慣れて行く。
成長して、だんだん好奇心が芽生えてくると、
外の世界が恐怖の対象から、興味の対象に変わってくる。
その変化は、見ているとわかります。
離乳食もそうでしたが、自発的な欲求の発現を確認しながら、
徐々にいろいろな刺激を受けて行くといいと思う。
でも、嫌な想いや怖い思い、痛い想いやびっくりさせて、
不要な恐怖心を植え付けない。
そういうのは世界に対するゆるぎない信頼感が育ってから、
必要に応じて少しづつ学べばいい。
はじめの一年くらいは特に、こういう配慮が必要なんじゃないかと考えています。
実際にはうちの子も、親の事情で飛行機や電車に乗せられたり、
夜に外出したりしていました。
でも、その時の反応を見ていると、
あまり良いこととは思えなかった。
今は外出しても全然平気、好奇心いっぱいで外を見ています。
年末に能登に行ったときも、結構楽しそうでした。
こういうのは、おそらく、段階がある。
その段階を大きく越えた負荷を与えない方がいい。
もちろん、例えば暖房器具のことで、
熱い想いや怖い思いをして危険を認識する段階は、必ず必要です。
だから、いつまでも過保護じゃマズイですよね。
僕は、あかちゃんがもう少し大きくなったら、
一緒に焚き火とか、火遊びでもしようかと思っています。
(妻は怒りそうですが)
遊んでいれば当然、熱い思いもする。
火は熱いんだなって、わかる。
それは今後、たとえば言葉がはっきり話せるようになってきたら、
様子を見ながら徐々に体験させていきたいです。