鶏、食べました

鷹の襲来

以前も書きましたが、僕は去年からニワトリを飼っています。

卵を生んでもらうことが目的ですが、家畜として飼っているので、いつかは絞めて食べるつもりでした。

そうはいっても正直なところ、大きな動物を殺すことに抵抗があります。

鶏は僕に懐いています。

いつか、、そのうち、、というつもりでした。

じつは、そのことを考えるだけで憂鬱になる、、というのが正直な気持ちでした。

ところが昨日、1羽の鶏が野生の鷹に襲われました。

鶏たちは毎朝、小屋の外を自由に散歩させています。

そろそろ小屋に戻して帰ろうと、散らばった鶏を集めていたのですが、、

突然、大きな声がしました。

コケーーッッ!!!

鷹が襲ってくるとは思いもよらず、どこに行ったかと探していたのですが、、

見つけた時にはすでに手遅れでした。

守ってあげることができなかった。

養鶏の目的

でも、鷹はすごいですね。

ほんの数分のうちにお腹を食いちぎっていました。

僕が見つけると飛び立っていきましたが、鶏はすでに絶命していたんです。

普通だったらお墓を作って埋めてあげる、、とかするのでしょうが、

僕は目的があって鶏を飼育しています。

ヒトの食性にしたがって食糧自給すること。

それを少しづつでも始めるつもりで、鶏を飼っているんです。

いづれ狩猟も始めるつもりです。

ですから、この鶏は、、食べなくてはいけません。

血抜き、羽根をとる

死んだ鶏を家に持ち帰り、妻に事情を説明しました。

ベランダで血抜きをして、その間にお湯を沸かします。

鳥類をさばくとき、まずは羽根をむしります。

熱湯をくぐらせると羽根が抜けやすくなるので、ヤカンでたっぷりのお湯を沸かし、バケツに入れました。

ネットで調べると、鶏の血抜きは数分で済むそうです。

まずは包丁で首を切り、逆さに吊るして、血抜きをしました。

首を切る時、空気が動いたのか、、鶏が小さな声で鳴きました。

今朝まで『コッコー』って言ってたのにな、、と思い、切なくなります。

すでに死んでから1時間くらい経っていたと思います。

そのせいか、血は少ししか出ませんでした。

お湯が沸いたらバケツに入れて、ざぶざぶと鶏を沈めます。

そのあと羽根をむしってみると、簡単に、きれいに取れました。

羽根がなくなった鶏は、お肉らしく見えてきます。

でも、『うまそー』とか、そういうことは思えません。

神妙な気持ちで、皮に残ったうぶ毛をコンロの火で焼きました。

穢れの思想 

たぶん多くの人は、動物の死体に触ることに対して抵抗あると思います。

『死体は穢れたもの』

このような感覚が、多かれ少なかれあるのではないでしょうか。

僕にはあります。

成長する過程で、いつの間にか世間から刷り込まれた感覚かもしれません。

でも、鷹に襲われて死んだ鶏を触っている間、

きれいなもの、、大切なもの、、という感覚しか湧きませんでした。

そこに『けがれ』は無かった。

解体している間も、鶏の身体は、普通に、とてもきれいでした。

僕は、知識として『人類が肉食で進化してきたこと』を知っています。

でも実体験としては、スーパーで部位別にパッキングされ、

グラムいくらで売られているお肉しか知りません。

一昔前まで、肉を扱う職業の人は差別されたようです。

穢れている、、という認識だったのかもしれません。

でも自分で、死んだ鶏を解体してみると、穢れなどないと感じました。

そして解体

とりあえず、内臓を出さなくてはいけません。

内臓は傷むのが早いです。

お腹の皮に包丁を入れて、そっと、内臓を出しました。

きちんとした鶏のさばき方は知りませんが、解剖はなんとなくわかります。

これは、腸、これは肝臓、これは、、卵だ。

妻と一緒に、内臓の種類を確認しながら、少しづつばらしていきました。

お腹には、卵の元みたいなものがいくつも入っていました。

殻ができる前の状態の卵と、黄身の『もと』が数個ありました。

いくつかあたった黄身のもとは、それぞれ大きさが違います。

(キンカンと言うそうです)

黄味のもとは順番に大きくなって、排卵する前に『卵』になるのでしょう。

レバーとハツ、砂肝もありました。

砂肝はとても大きくて、ゴルフボールくらいありました。

解体の途中でレバーを少し食べてみたのですが、、

そこで不意に、、涙が止まらなくなりました。

鶏、、食べちゃった。

1年間、毎日世話した鶏です。

始めてひよこから飼った鶏でした。

僕、自分で育てた鶏を食べてしまいました。

泣けました。

赤ちゃんがまとわりついてきたので、

『お父さん、鶏食べちゃった、、』と言いながら泣きました。

でも作業は続けます。

内臓を全部出したら、洗って冷蔵庫にしまいました。

そのあと仕事があったので、残りは夜。

今夜は悲しみの鶏鍋です。

鶏だけ鍋

帰宅後、鶏をさらに解体しました。

手羽を胴体から切り離し、

胸骨をはずして、そこについている肉を落とします。

モモを胴体から切り離し、

骨についた肉をこそげ落としました。

骨はスープにするために鍋へ、

細かいお肉をネコにあげました。

晩御飯の具材は、鶏だけ。

味付けは、塩です。

あんまり味を付けたくなかったんですよ。

野菜もいらない。

そのままの、お肉の味だけを感じたいと思いました。

バラした鶏肉を鍋に入れて、しばらく加熱。

火が通ったところで、晩御飯です。

うちの鶏の味

食べた第一印象は、、硬い。

とても硬いお肉でした。

鶏皮が硬い。

筋肉も硬い。

それを、黙々と噛みました。

鶏は、生後1年2か月でした。

通常食用にされる鶏は、生後45日程度で出荷されるそうです。(ブロイラーの場合)

地鶏など、じっくり育てる場合でも100日くらいでしょうか。

ずいぶん若い鶏を食べているんですね。

大人(成鶏)になると、お肉が硬くなります。

うちの鶏は毎日畑を走り回っているので、なおさら硬いかもしれません。

こりこりしたお肉を、神妙な気持ちで、一生懸命噛みました。

卵は鶏の中で

鍋には、きんかんと、殻の無い状態の卵(薄い袋に入っている)も入れました。

きんかんは『ゆで卵の黄身』そのもの、殻のない卵は完全に『ゆで卵』でした。

なんか、、ふしぎです。

でも、、当たり前か。

こうして、卵は鶏の体内で作られているということがわかりました。

お肉の味は、、おいしいとか、あまり感じられず、

野生の気迫のようなものに圧倒された感じ。

(野生の鶏じゃないけど、、)

でも、鶏ガラのスープは非常に美味でした。

あっさり、すっきり、旨かった。

赤ん坊が骨を欲しがったのでモモの骨を与えたところ、、

いつまでもしゃぶっていました。

ずっとしゃぶり続け、しゃぶったまま寝ました(笑)

寝落ち

我が家は『断糖肉食的』な食生活にしてから、夜は基本糖質ナシです。

夜にいいお肉をたくさん食べると、なぜか食後非常に眠くなって、

『寝落ち』してしまうことが時々あります。

昨日の夜は、夫婦そろって寝落ちしました。

翌朝目が覚めると、鶏が自分の体内で一体になったと感じました。

これも、なんか、不思議な感じ。

いままで切れていた自然とのつながりに一筋の『道』が通じたような感覚です。

鶏の血抜きをした時、首から上を切り離しました。

胴体は全部鍋にしましたが、頭は洗って、ベランダに置いてありました。

翌朝、骨と一緒に、畑の隅に埋めました。

そして、小さなお墓を作りました。

ありがとう、鶏。

どうか、またうちの子に生まれて来てほしいです。