穢れの思想

ookami

肉とけがれ

鶏をはじめて解体して食べることは、

なかなか重い体験でした。

現代の日本人のごく普通の感覚として、

動物を殺して食べるのは可哀そう、、というのがあると思います。

僕には、やはりあります。

しかも、可哀そうに思うだけではなく、

動物の死体を扱うことを「穢れ」として感じる人もいるようです。

(たいていは、やったことない人がこの感覚を強く抱いています)

つい最近(昭和初期ごろ)まで、

猟師や漁師に対する明らかな差別があったようです。

生きものを殺す仕事や生活をする人たちが、

『穢れ多い』者として扱われた歴史がありました。

古くから『穢多』(えた)という身分があって、

殺生を行ったり肉を食べる人たちに与えられた身分でした。

えたという文字、、穢れが多い、と書きます。

どうしてこういうこと言うんでしょうね。

 

古代からやってきたこと

動物を殺して食べることは、穢れでしょうか?

人類学を少し調べるとわかりますが、

農耕を始める1万年前まで、人類は狩猟採集で生活してきました。

主に男性が狩りをして動物を肉を得る、

女性は採集や焼き畑などの農業で、日々の安定した糧を得る。

人類はこのような男女の分業のもと、

『動物性の食べ物を主体とした食生活』を何十万年も続けてきました。

ホモサピエンス呼ばれる今の人類は約20万年、

それ以前の進化の過程で、ほぼ今の人類に近い姿になったのが、

だいたい250万年前ごろです。

250万年前から人類は、狩りなどをして動物を食べていました。

このように、生物として延々と受け継がれてきた基本的な営み、、

それをあえて「穢多」と表現するのはなぜなのか、、考えてみました。

 

歴史的な経緯

これには、歴史的経緯が深く関係しています。

縄文時代までの日本人は狩猟採集民族で、

鹿やイノシシなどの動物、魚介類、木の実、山野草などを食べていたようです。

そして、焼き畑などの原始的な農耕も少し行っていました。

その後、縄文後期から弥生時代にかけて稲作文化が入ってきます。

だいたい2000年くらい前の話ですね。

文化が入ってきたというより、

稲作の技術を持った民族が大陸から渡来してきて、

それまで住んでいた先住民族を侵略し、

支配下におさめていった、ということです。

ezosika

 

米中心の価値観 

農耕民族の特徴は、分業が進み、貧富の差や身分の差ができることです。

分業が進むため武器や兵法が発達し、戦争にも強くなります。

日本の場合、支配者は米を『税』として徴収しました。

『税としての米』を生産することが庶民の仕事です。。

中世の荘園領主などの支配者層はより多くの米を生産させるために、

米を神聖化し『米中心の価値観』を作っていきました。

いっぽうで、農耕に役立つ牛や馬を殺すことを禁じ、

仏教の影響もあって『殺生』そのものを忌むようになります。

このような価値観はやがて一般庶民にも浸透していきました。

中世の後期、1500年代ごろには、米を神聖視する価値観と、

今につながる『日本食』の原型が出来上がったようです。

お米は今でも『主食』として重視されてますが、その価値観の成立には、

『税の徴収』という支配者の思惑と、社会構造があったんですね。

komedawara

 

 自分をかえる

歴史の中で、農耕民族が支配を広げていったこと、

支配下におさめた民族に対する差別意識、

税として『米』の生産を最優先してきたこと、

米中心の価値観の形成、

統治のために導入した仏教の影響、、

これらがあいまって肉や動物の死体を扱うことに対する、

『穢れ意識』が染みついているようです。

 

肉を食べると血が穢れるというような観念は、

宗教家や菜食主義者などに、今でも根強くあります。

でも、その穢れの思想は、稲作を推進する民族が、

元々日本列島に住んでいた先住民族とその末裔を、

けがらわしいものとして差別する、そういう意識の名残でもあるようです。

 

神道系宗教の書物や仏教の教義に、肉食を禁じる記述がありますが、

それらはきっと稲作を推進した民族の宗教であり、神なのだと思います。

古代からの歴史的な変遷をたどると、自分が漠然と持っていた感覚に納得がいきます。

歴史を否定してもしょうがないので、、命をつないできたご先祖様に感謝しながら、

漠然と持っていた自分の価値観や感覚を、変えていきたいと思っています。

 

 

参考文献

『火の賜物』 リチャード・ランガム 著

『日本人は何を食べてきたか』 原田信男 著